レーシングカーデザイナー 由良拓也
由良拓也さんと初めて出逢ったのは、今からおよそ30年以上も前のこと。
スズカサーキットから少し離れた田んぼの真ん中にポツ〜ンとたたずむ農家の倉庫を改造したようなレーシングカーのコンストラクター
「マルチ・レーシング」でのこと。
ここは主にフォーミュラリブレを開発、スズカサーキットをメインにレース活動しており、鈴鹿市に数カ所あったコンストラクターのひとつだった。

フォーミュラリブレとはスケールこそは違うがF1と同じカタチをしたれっきとしたレーシングカーで、スペースフレームやアルミモノコックのシャーシに
当時の軽四の360ccエンジンを550ccにボアアップ、カリカリにチューンナップされ、主にホンダエンジンを搭載していたが、
多分、由良さんがフォーミュラリブレを手がけるころにはスズキフロンテの3気筒2サイクルエンジンが主流になっていたと思う。

このころの由良さんはすでにレース界では超がつくほどの有名デザイナー。
「由良の創るカウルはカッコ良くって、速い!」と誰からともなく私のようなサンデーレーサーにでさえ、その名声が伝わってきていたほどだった。

そもそも、なぜサンデーレーサーの私が「マルチ・レーシング」と縁があったかというと、私の友人が関東から「アウグスタ・マーク」を中古で購入し、それをマルチ・レーシングでモディファイしてもらうという魂胆で訪れた時に偶然に由良さんと出逢えたのだった。
これは後で知ったことだが、アウグスタ・マーク。は由良さんがデザインしたそうで、すごく斬新なデザインで驚いた記憶がある。

その時は何を話したのか全く覚えていないが友人と「すご〜い」「すご〜い」と興奮し合った印象は今だに残っている。

その後、友人から私がアウグスタを譲り受け、友人がマルチ製を購入、その友人が一年後に購入したのがマルチレーシングの川口メカがシャーシを、
そしてカウルを由良拓也がデザインしたコンパクトボディのフォーミュラリブレだった。友人の話ではちょっと乗りづらいけど確かに速い!と喜んでいた。
その年のシルバーカップでそのマシーンで初優勝することが出来た。
私も一度だけ乗せて貰ったが、少々クセのあるマシーンで私には全く乗りこなせるものではなかった。

それから数年が経ったスズカサーキットのパドックで再び由良さんを見かけたことがあったその時は、方やグランプリレースのコンストラクター、
こっちは前座のそのまた前座のシルバーカップのドライバーで格の違いが大きすぎ、話しかける機会は全くなかったが・・・

その時、由良さんはパドックでスケボーか何かに乗ってレーシングカーのフロントノーズ(当時は扇形をしたスポーツカーノーズ)を手に持ち、それは上手に風をあやつり、まるでボードセーリングの格好でパドックを滑走していた姿。そんな由良さん姿を関係者はアゼンとした表情で見守っていた。
それくらい由良さんの行動のひとつひとつが注目されていたのだった。

由良さんは後にF-1マシーン、コジマエンジニアリングの「KE 007」(今のKEマリン)「ルマン24H]などの夢のようなすごいマシーンを手掛けたり、記憶にある方も多いと思うが、ついには「ネスカフェ」のテレビコマーシャルに「違いのわかる・・・ラララー」で登場してきたりで、
最初スズカで出逢った時の由良拓也とは全く違った遠い遠い存在になっていた。

その後、ドライバー道上龍のフォーミュラ・ニッポンやGT選手権のピットで何度も見かけることはあったのだが・・・やはり何年経っても遠い存在でしかなかったのだ。

しかし、しかし先日「マリン業界活性化コンファレンス」の会合に出かけた私は、その会場で30数年ぶりに話す機会に巡り会えたのだった。
むろん由良さんは全く私を覚えていることはなかったけど・・・・
会話の内容は残念ながらマリン業界のことではなく、モータースポーツの昔話に華が咲いたことは云うまでもない。
KE007(F-1日本グランプリ)
現、コジマエンジニアリング(琵琶湖)
マツダ717C(ルマン24H優勝車)
ゆらたく屋ホームページ http://www.so-net.ne.jp/yuratakuya/ 
画像は由良拓也さんのホームページからお借りしました。